松尾太稀という役者
役者としての松尾太稀のことを記録しておこう、と思った。
おそらく、松尾の役者としての活躍を、自分が一番知っているだろう、と思ったからだ。
しかし、覚えてないものも多い。なにせ多くは数年前のことだし、そもそも忘れっぽい。
申し訳ないが、小劇場の芝居は、大抵は面白くない。面白くないものは覚えていられない。
だから、少しでも記憶が残っているうちに書いておこうと思う。
『グレーな十人の娘』
覚えている限り、これが松尾の、役者として関わった最後の芝居だ。メインは女性陣なのでちょい役で、面白げな雰囲気だけを発していた。まあ、本当にちょい役なのでこれといった印象はない。頑張ってこの芝居に味付けしようとしてたのはわかる。成功していたかどうかは、わからない。
『スケールⅡ』
ヤバい不良役。主人公の人権をどんどん踏みにじっていくのだが、眉毛をそったり髪を染めたり、いわゆるオールドスタイルな不良役であった意味がわからない。脅迫とかそういう怖いことをしていたけど、だからリーゼントとか短絡的だなと思った。あと松尾という役者にそれは合ってたんだろうか、とも思う。すべり気味だったので気の毒だな、と思った。芝居自体もそんなに好みではない。
『夜から夜まで』
これもちょい役だったけど、男女関係の悩みや葛藤の中に、清涼剤のように投入される松尾のギャグが生きていて、いい役もらったな、と思った。松尾にこういうギャグをやらせるといいよなあ、と改めて思う。しっかり笑えたし、芝居自体も小粒だけどそれなりに面白かった。
『おおかみますく』
なんかわからないけどルーレットを回すシーンが有り、そこでリズムに乗る松尾が地味に面白く、なんか覚えている。
芝居全体は本当にひどい出来で、これは全部見るのがつらい、と思っていたら同行人も同じことを考えていたらしい。ちなみに、終わった後、役者が舞台に戻ってきたときに、松尾はおれの顔を見て「そんなに人って死んだ顔できる?」と笑いそうになったらしい。そんな松尾が先に死ぬとは笑えない。
『女がつらいよ』
パワハラ上司役。パワハラに苦しんでいた松尾がパワハラ役をやるという謎の状態だったが、ヤバさが際立ってて笑えた印象。芝居自体はそんなに好みではなかったが、所属劇団よりはしっかりした作品だったんじゃないかと思う。
『知ラン・アンド・ガン!』
感情がない喋り方をさせたれてて、それが逆に面白い、みたいな役どころだった。あんまり出ておらず印象も少ない。芝居自体はそんなに好みではなかった。
『怪童』
これには出てなかったかな。たぶん気ぐるみ役だった気がする。芝居自体はカス。
『目と壁』
それなりに頑張っていた。ふつうに、松尾の芝居みたなーという感じ。「差別される現状を直視してロマンを通して見るな」というような内容だったと思うが、演出が「そこでへんな味付けしたら説得力なくなるだろ」ってところにロマンを入れてきたのでちょっとまずいんじゃないかとは思った。それを伝えたら、松尾は苦い顔をしていた。
「レティクル座の反撃オムニバス~乱れ撃ちの弾~」
つまらなかった。松尾も薄々気づいていたような気がする。つまらなかった、と伝えたらブチギレられた。めずらしいな、と思った。
「StarLightに見惚れろ」
つまらなかった。もはや印象にない。稽古場みんなめっちゃいいひと、と言っていた。
「サリンジャー」
つまらなかった。でも頑張ってた印象はある。松尾のところだけ笑えたような……。
「タトゥー」
父親役。パワハラを越えた家族を暴力で支配する父親役。ドイツ戯曲らしい台詞回しを、見事に自分のものにしていた印象がある。
「おくり雨」
最初から死んでる父親役。完全な身内ノリで、なんかずっと笑ってた記憶だけがある。
「光と、そしていくつかのもの」
老夫婦役をけっこう頑張っていた。他は忘れた。
「マンガ全力パワー朗読公演」
漫画を全力で読むだけ。めちゃくちゃおもしろかった。もう一度観たい。
「授業」
イヨネスコ。ここから松尾の役者としてアクセルが踏まれたように思う。エンジンは掛かっていた。ここからずっと彼はフルスロットルで駆け抜けていった。「授業」での松尾は筆舌に尽くしがたい。演出もさることながら、松尾はあの狭い舞台を支配しきっていた。本当に生徒を殺せていた。
「噂 ファルス」
ニール・サイモン。セリフが聞き取りにくく、そこを注意したら後日直っていた記憶がある。松尾、ずっと真面目だったなぁ。
さて、今のところはこれ以上は思い出せない。
書いていて思ったが、思ったより少ない。もっと松尾は舞台に立つべき役者だったと、改めて思う。そして、自分は松尾のファンとして、未来に松尾が出て、役者として活躍していくだろうという未来を予見していた。
それはもうありえない未来になってしまった。平坦な道に、松尾の不在という穴が空いている。それは埋まることはない。通り過ぎるためには、ごまかすように他ごとの板を渡し、穴の底を覗きながら歩くだけだ。
本当につらく、悲しい。未来のある役者だった。